ベッドの中のアイデンティティ

森田剛くんが笑ってくれれば幸せです

姉の結婚式

V6の会報が届く中、姉の結婚式に出席して参りました。

 

我が家は三姉妹で私は末っ子で姉は長女。

 

昔は常に喧嘩ばかりしていたけど高校生くらいからすごく仲良くなって私が大学生の頃は姉の休みが不定期なのもありしょっちゅう遊んでた。

 

旦那さんとは8年の付き合いを経てのゴールイン。

 

私も今付き合っている彼氏が2年半ほどの付き合いなので、8年も付き合うのがどんなに凄いことなのか少し想像できる。

 

結婚式に向けて試着に2度付き合い、あーだこーだ言いながら決めたドレス。

 

すごく綺麗で背が高くて色白で細い姉に本当に似合ってた。

 

慣れ初めの話とか聞いたときはちょっと照れくさかったけど笑、本当にいい結婚式、披露宴でした。

 

特に母は全然なんともない振りをしてた癖に、結婚式で両家の両親と握手をする時に思わず姉に抱きついて号泣していました。

 

披露宴の最後に1日を振り返るムービーが流れて、さっきも見たんだけどそのシーンは何度見ても泣ける。

 

そのムービー25万もしたらしいけど笑、作って大正解だったと思います。

 

私も結婚したくなっちゃうかな?と思っていたけど準備に関わりすぎて笑、無事に終わってよかったという感じ。

 

いつも遊んでもらってたからあまり遊べなくなるのがすごく寂しい。

 

結婚して苗字が変わった姉が、お店の受付とかでその苗字を書いたり呼ばれたりするのをみるともう違うんだな、とすんごく寂しい。

 

誰よりも尊敬する姉には誰よりも幸せになって欲しい。

 

なんだか思いがあふれてまとまらなくてごめんなさい。

 

うちはあまり仲の良い家族とは言えなくてバラバラでどうしようもない時期もあったし、なんでうちに産まれてきちゃったんだ!と思ったことも何度もあったけど、うちに産まれてこの家族で良かったと思った。

 

お姉ちゃん、結婚おめでとう。お幸せに。

 

 

 

叔母が熱烈なタッキーファンで色々語れて良かった笑

森田剛様へ愛を込めて

 

僭越ながら普段友達に話すときは森田剛くん、ツイッターでは剛くんと呼ばせて頂いているが心の中では剛様〜!って感じのスタンスでいる。

 

色んな人のブログを読んでいると色んな呼び方をされていて面白い。

 

どなただったか失念してしまったがカリスマと呼んでいる方がいてすごくしっくりきた。

 

そう、彼はカリスマなのだ。

 

私は1994年生まれなので彼らV6がデビューしたときはまだ1歳で(凄く悔しい)彼らの魅力に気付くのは20年近く後になるのだが、当時の我らがカリスマ森田剛は凄かったと聞く。

 

日岡田くんが出演したTOKIOカケルで岡田くんよりも剛くんはたった2年先に入所しただけにも関わらず岡田くんが入所する頃にはJr.内でカリスマ的存在だったらしい。

 

昔のDVDをみると本当に剛くんのファンは多い。どこかで見たがV6の30だか40%はセンターを務めているらしい。

 

少しシビアな話になるが、以前大規模にアンケートを実施した方が現在のファンの分布なんかを分析してくれていた。

 

やはり人気1位(あくまでもそのアンケート内では)は岡田くんだった。私も岡田くんが入り口であったし映画などの露出も一番多いので当然の結果だろう。

 

そして2位は我らがアイドル三宅健

3位は坂本くんだった気がする。私はぶっちゃけ剛くんは2位だと思っていた。

まあよく考えれば音楽番組ではカメラ目線もほとんどなく、笑顔を見せることもなく、弁解などをしないので悪い噂が一人歩きしがちな彼はとっつきにくいので仕方ないのかもしれない。

 

でもTOKIOの松岡くんが言っていたが剛くんが笑ってくれると嬉しい。普段笑うイメージが少ない彼が笑ってくれる、その喜びを知ってしまうとV6の誰よりも深い沼に落ちてしまうと思う。

 

世間的にはV6の活動するやる気がないだの言われているし冷たそうな人に見えるが、あの優しい目を見れば彼がどんなに愛で溢れた方かお判り頂けると思う。

 

森田剛推しでなくともV6好きなら誰もが知ってると思うが。

 

いやー本当にあの目が好きなんです。

垂れ目を細めてふわふわと微笑みながら手を振られたら私はどうなってしまうのでしょうか。

 

ツアーも決まったので今から本当に楽しみである。

 

このゴールデンウィークに9連休をとり、怠けまくったため、すっかり仕事へのモチベーションがなくなったが(もともとない)頑張ろうと気力がわいてくるのだから凄い。

 

うちわのデザインをしたり遠征について調べているのがこの上なく楽しい。

 

チケット当たるといいなー。

 

それでは。

 

 

勢いあまって、

作っちゃいましたよブログ。

 

何年ぶりでしょうかブログなんて。

どうせ続かないだろうとは思われるがこの勢いにただ身を任せたいと思う。

 

割かし自分を大きく見せたがりなのでここではありのままの自分を書いていきたい。

 

ここ数年V6が好きで、最近会社の先輩(私は2年目)に20歳超えてからのジャニオタはタチが悪いと自戒していたくせについにはブログを作ってしまう始末。

 

なんてこったパンナコッタ。

 

ブログを開設するまでの人生の経緯を書いても良いだろうか。誰に許可を取っているんだと言う話だが。

 

長くなるので切実にキーボードが欲しい。

 

これまでも私はいろいろなものにはまってきた。

 

 

小学生

人生で1番最初にハマったのは漫画。

小学生の頃に犬夜叉鋼の錬金術師にはまり当時はイラスト部にはいり日々夢中で描きまくっていた。(なお絵はめちゃくちゃ下手くそで当時仲の良かった子はその後も鍛錬を続け今ではアニメを作る仕事をしている、すごい)

キャラソンCDなんかも買っちゃってなぜか今も捨てられずにいる。

 

今でも漫画は大好きでこの漫画へのこだわりについてはまた今度詳しく書きたいと思っているが(紙媒体から電子書籍派へ)、会社では部長におすすめ漫画をきかれ答えると部長がメモをとるため、部長にメモを取らせるやばい奴として一目おかれている。(不名誉)

 

このあたりから私の人生は常になにかにハマっている。

 

小学生後半から中学生前半

きたるは2005年、ごくせん第2シリーズ。

はあ〜もう12年前ですか。当時11歳、小5。

私の第1期ジャニオタライフが開幕致しました。ごくせんの時点でお察しでしょうが仁亀です、ええ、はい。

ちなみに亀梨くんが大好きで実家のまい勉強机には亀♡梨♡和♡也と掘ってしまうほどの痛々しさ。今でも亀梨くんのシャーペンを持っている。

親にKAT-TUNのデビューCDセットみたいなのを買ってもらった覚えがあり、リアルフェイスのハモりをお風呂場で姉と練習していた記憶がある(姉は仁派だった)

 

この時にKAT-TUNはデビューするのだがその後に私はジャニーズJr.にはまった。日曜お昼からのYa-Ya-yahと日曜夕方の少クラは欠かさず見ていた。

なかでもJ.J.Express浅香航大くんが大好きだった。

 

ジャニーズ初コンサート参戦は2007年のお正月コンサート。当時中2?かな

武道館に母と姉二人(私は三姉妹の末っ子)と赴き、真ん中の姉と共に2階席からみた。

私と真ん中の姉がコンサート中、母と長女がNANAに登場する苺のグラスにそっくりなグラスを買ってきてて家族みんなお気に入りだった。(たしか結構前に割れてしまった気がする)

 

その後も少クラをみては「高校生になったら絶対観覧行くんだい!」と思いながら浅香担として活動するが、平成ジャンプがデビューする頃に浅香航大くんがジャニーズを辞めてしまう。(くそどうでもいい情報だが当時私はYahoo!ブログを書いていた)

 

恐らく浅香くんのジャニーズ活動の最後はデビューの東京ドームコンでのバックだったと思う。当時仲良しだった山田担二人の計三人で参戦して泣いたところを見た事がない子が照明が落ちて泣きだしたのを見て私も号泣した思い出。

 

今では俳優さんをしているそうで一時期テレビにでてた時はかなり複雑な心境だった。当時はかなりショックだったがやりたいことを見つけられて、成功して良かったと思う。

 

そして私は浅香担は降りざるをえなくなり、高木担として心機一転歩み出す。この頃ひたすら横アリに通ってた記憶が…。

 

中学生後半

中学生後半あたりからロキノン系ってやつにはまりだす。

いわゆる厨二ホイホイのBUMPにはまり、放送委員に立候補してお昼休みにBUMPやRADを流し優越感に浸っていた。

 

高校生

高1の夏に初めてのフェス参戦。ロッキン。

なお、この時一緒に行った子は大親友だったが今ではどこで何しているかも知らない。

 

この頃はマイナーバンドにもはまってていた。(マイナーバンド詳しい自分に酔ってた部分もある)

ART-SCHOOLTHE BACK HORN(マイナーじゃないか)、people in the boxなんかが好きだった。

高1の時にいわゆるライブっていうものに初参戦した。ART-SCHOOLをみに下北沢。初めてにして一人参戦という勇者。

更には終演後片付けをしているギターの人に握手を求めている方が何人かいたのをみて私も声をかけて握手してもらった思い出。

 

高校生後半

ちょっと話がそれるが小5くらいからチャットというものが急速に流行った。(毎日パソコンにかじりついてチャットをしていた為タイピングの速さには自信がある)

当時ネット毎にはかなり敏感で、この頃開設されたニコニコ動画にも当然のようにはまった。(北海道ダンサーズが好きだった)

なんとなく癖で高校生になっても色々動画を漁っていて、出会ってしまったのがガチャピン動画が大人気だったゴールデンボンバー

今では(最近見ないが)大人気だが、私が好きになったのは人気に火がついてきた頃。

私は高2で華々しくバンギャルデビューを飾る。初めて行ったのは全力バカツアーの渋谷O-EAST

ヘドバンや咲きという文化を知り舞い踊るバンギャルたちの激しく憧れ、どっぷり浸かっていく。

高校生でバイトもしていた為、ある程度自由に使えるお金があり、これまでの人生で一番はまったものに散財した。

V系界隈にはチェキという麻薬がある。物販で買えたり、CDを買うと一緒に撮れる。なんなら抱きしめながら一緒に撮ってくれる。(黒歴史)

最初は物販でチェキ単体を売っていたゴールデンボンバーだが人気があがるにつれ、数が追いつかなくなったのだろう何円以上お買い上げでチェキがもらえるに変わり、更にはチェキケースというチェキをいれるケースを買うとチェキが一枚はいっているというシステムに変わった。

私はこのチェキケースを毎度余裕で20冊とか買っていた。一冊1500円だった気がする。

 

尚、首都圏のライブには大体行っていたのでツアーが終わる頃にはとんでもない量になっていた。

 

更にはCDを買うと握手券がついてきた為CDもかなりの枚数買っていた。学校が終わると大宮のアルシェのタワレコ奥の広いトイレで化粧をして原宿のライカエジソンに意気揚々と赴いていた。

 

化粧もつけま二枚してグレーカラコンなんかしちゃってた。

 

貢ぎに貢ぎまくったが後悔はしていない。

何故ならお金と理性は失ったが人間としてかなり成長できたのはこの時のおかげだと思うからだ。

 

高校も市内の高校だった為ほとんど外部の人と接触したことがなかった私が、ゴールデンボンバーにはまったおかげで全国のあらゆる人たちと友達になり世の中色んな人がいるのだと良くも悪くも思い知った。

学校内で分かり合える人がいなかった為、一度オフ会に参加した。ここからどんどん友達の輪が増えていき、なんならその輪の中で2組結婚した。

今思うとよくぞあんなくそJKと皆仲良くしてくれたな…。(社会人の人ばかりだった)

 

当時できた友達で今でも続いているのは一人だけだが、半年に一度程度だが定期的に会っていて私は親友だと思っている。

 

大学生前半

私はゴールデンボンバーが爆発的に売れ武道館公演をやるようになった頃には冷め、次は同じくV系MUCCというバンドにはまった。15周年の時にハマり今20周年なので5年前か。

 

MUCCはもうベテランのおじさんなのでもちろんチェキなんてないし、握手商法もあまりない為貢ぎどころはあまりなかった。

 

ここで私はファンクラブ旅行に参加した。

お値段10万円。沖縄に二泊三日。

大学生の私にはかなりきつかったが頑張った。帰りの飛行機で携帯をなくすというくそアクシデントにみまわれるが総合すると楽しかった思い出。

この時撮ったメンバーとのチェキは今でも大事にとってある。(必死に集めたゴールデンボンバーのチェキは大半を売ってしまったが超レアなやつだけは残してある)

MUCCは今でも半年に一回くらいだがライブに赴いている。

 

予想以上に長くなってしまって申し訳ないが、やっと本題に辿り着いた。ここまで読んでくれたあなた、相当な物好きです本当にありがとう。

 

大学生後半

V6にはまる。

これもゴールデンボンバーと同じく出会いはニコニコ動画で、V6の修学旅行の動画をたまたま見たことから始まる。

 

あっという間に沼に落ちるが過去にジャニオタだったことがある私は、いつかは収集したグッズを売ったり処分する未来があることは分かっていたのでコレクター癖を必死に抑えていた。

 

せいぜいCDやDVDを買うくらい。

大学が往復4時間の距離だったのでDVDをiPhoneにいれて毎日見ながら通学していた。

ちなみに半年くらいは岡田くんが好きで、いつから森田剛くんが好きになったのか覚えていない。

 

私は例えば漫画ナルトでいえばサスケくん、ワンピースでいえばゾロが好きなのでカミセンでいえば岡田くんを好きになるのは当然だった。(バンドだとボーカルが好きになるけど)

その為いま森田剛くんを好きなのは自分でもかなり予想外なのだ。

 

森田剛くんの好きなところについてはまた今度語らせてもらうとして、とにかくにも私は今ではブログを開設するくらいの森田剛ファンだがOMGコンはおろか20周年ツアーにもいってない。

 

そう、V6のコンサートに行ったことがない。

 

今のところ学校へ行こう!2015の番協とビニールの城に一回行ったくらいである。

新規というには歴がちょびっと長いが(私的に新規は2年)、大ファンとは胸を張って言えるほどではない。

 

そんな私が何故わざわざブログを開設し、ツイッターで専用アカウントなんぞを作り、ツアーのファンサうちわのデザインを今から考えるほど今熱が燃え上がっているのか。

 

私も、分からない。

 

 

私が強火してから沸騰するまでが異常にはやい、要は燃え上がると一気にとことんつきつめるタイプだというのもある。

 

でも多分一番は暇になったからだと思う。

(すみません、ディスっているわけではないです)

 

社会人

私は大学を卒業して都内に就職すると同時に実家を出て一人暮らしをしているが、実家が大好きである。

こんな機会でもないと一生実家を出られないと思い意を決して家を出たが月に一度は実家に帰っている。

 

これを言うとかなり驚かれるのだが1年目は工事現場で現場監督をやっていた。

建築業界はなかなかブラックで、特に現場は昼間は現場で作業、夜から事務仕事ってのが当たり前(少なくとも私の上司は)で1年目は自分の時間がほとんどなかったのだ。

 

終電で帰る事もしばしば。

 

毎日地上20mの足場を駆けずり回り、慣れない専門用語の勉強と教育する気の無い上司、クレーム対応と盛りだくさんでキャーキャーする余裕はなかったのだ。

(V6が20周年だった時私は大学4年で、5月には就活は終わっていたのでかなり暇だったが暇すぎて逆に家から出るのが死ぬほど面倒だった)

 

そして2年目になり事務に本配属となった。

社内随一のホワイト部署で定時30分以内にほとんど帰れている。休みも取りやすい。

自分の時間が増えて、V6にどっぷりハマれることができるようになったのである。

いつかはグッズがゴミになる事もあるとわかってはいるものの社会人というある程度の財力を手に入れると(貧困だけど)、そんなことは小さなこと。

 

それよりもこれまで抑えつけられてきた愛がふつふつと湧き上がってきてしまったのでこの度覚悟を決めて皆様と共に沼の底に沈む事にしました。

 

そうと決まったら分かり合えるお友達が欲しい!とツイッターで専用アカウントを作るものの惨敗。RTしたVクラさん全員フォローなんてタグ付けも恥ずかしながらやってみた…。

 

更には先日発売されたシングル「colors/太陽と月の子供たち」の売り上げが落ちてツアーのキャパに影響するから買いなさいよ、それに対しお金がないから買いたくても買えないんです!と揉める様子やツアー、アルバムのネタバレがうんたらと揉めているのをみて、なんか違うとファンブログを漁ってみたところ、はてなブログの居心地が良さそうだったので住み着いてみる事にしたのである。

 

ツイッターの方々も特にお洒落な画像を作っていたり、情報がはやいのでかなり助けられているが、これまでハマるととりあえず友達を作り大所帯になってゴタゴタが起きて冷めていくみたいな流れがあるので、まずは自分の考えを大事にしようと思って、ここに色々と書いていこうと決めた。

 

本当に正直に感想なんかを書いて行こうと思う。

 

しょっぱなから自分について語って5000字超え、しかも徹夜で書くという痛さだが許してください。

 

それでは。